withコロナの日常と、少しだけ差別のこと



6月15日からはEU内の移動も自由になって、

イタリアに、ほぼ普通の暮らしが戻ってきた。


久しぶりに会った友達でも

私たち日本人は

「わー、久しぶりー」なんて言って手を振るとか

会釈をするだけなのは普通のことだけど、

愛情深いイタリアの人たちにとって、

2ヶ月ぶりに会った友達に

会いたかった! という気持ちを表現するための

ハグもキスもなし、でマスク越しに話しをするのは

どんなにか不自由な気持ちだろうと思う。


ヴェネチアには観光客が少し戻ってきたという

明るいニュースや


https://tg24.sky.it/cronaca/2020/06/13/coronavirus-venezia-turisti


ナポリではサッカーのコッパ・イタリア決勝で、

ナポリのチームが強豪ユヴェントス(トリノのチーム!)に勝ったというので

人がものすごく集まってお祭り騒ぎになったり


https://www.huffingtonpost.it/entry/napoli-juve-festa-senza-distanze-salvini-attacca-de-luca-il-pd-lo-difende_it_5eeb6b02c5b6c8594c7f02b3



イタリアのあちこちのビーチでは、

例年と変わりなく人でごった返し

「あの感染者数と死者数を見ただけでは足りないのか!」と

第2波、クラスター感染を心配する報道もある。


https://www.corriere.it/cronache/20_giugno_20/coronavirus-folla-spiaggia-senza-distanza-senza-mascherine-a853fc60-b32f-11ea-8839-7948b9cad8fb.shtml



人出が戻ったニュース写真の中では、

人々は何事もなかったかのように過ごしているし、

トリノでも街には人が行き来して、

バールやジェラテリア(ジェラート屋)では

外の席に人が座って楽しそうに過ごしているのが

ちょっと不思議なような、

嬉しいような、心配なような。


普段なら薬用コスメなどが並ぶ薬局のショーウィンドウに、ロックダウン中から品薄が続いていた消毒液やマスクが並ぶ
  


スーパーマーケットも、入場制限が緩くなったのか並ばずに入れて、

気楽に買い物ができるようになった。

でも人と人が接近しないように

一人ずつ入店するように誘導する係がいる。

もともと失業率の高いイタリアで

人手が必要になってよかったのかなあ、

なんてふと、思ったり。

昨日は「奥さん! マスク、口だけじゃなくて

鼻も隠してください!」とレジ係に

怒られている人がいた。


車のラジオでは

「マスクを使いましょう、人ごみに出る時や

人と人との距離が取れない時はマスクをしましょう、

最低20秒間、石鹸で手洗いするだけで

感染リスクは激減します」なんていう

政府広報?が流れてきたり。


コロナ以前とはちょっと違うことが

いろいろあるけれど、とにかく普通の暮らしが戻ってきた。


  トリノの学生たちの溜まり場、ヴィットーリオ広場にもマスク姿の人々


さて、私の娘は高校の最終学年。

コロナウィルスの感染拡大が始まった

2月の終わりから学校は閉鎖され、

そのままロックダウンになった。

そしてロックダウンが解除されても

学校は閉鎖のまま夏休みに突入した。

だから最終学年の彼女の高校生活は、

いきなり終わってしまったのだ。


イタリアは、感染症の危険があるなしに関係なく
毎年6月の初旬から9月初旬までの3ヶ月、

長い長い夏休みに突入する。

日本のお母さんたちが、感染拡大を防ぐために

学校が休みになって大変だと

ブーブー言っていたけど、

イタリアのお母さんたちは

3ヶ月の長い夏休みにどう対処するかで、

毎年ブーブー言っているというわけだ。


もちろんコロナ以前の夏休みなら、

サマーキャンプがあったり、

おじいちゃんおばあちゃんの家に送り込んだり、

何か前もって準備できたわけで、

コロナでいきなり学校が休みになったのとは

わけは違うのだけど。


ちなみにイタリアの学校システムは、

9月から学年が始まって、

クリスマスの前日あたりに冬休みになる。

1月7日頃から再開して、春休みは基本的にない代わり、

カーニバル(謝肉祭)の連休と復活祭の連休が1週間前後、

それが春休みの代わり。

そして6月まで頑張ると学年が終了し、

夏休みだけがアンバランスに長い。


  カーニバル(謝肉祭)休みのスキー場。スキースクールの先生たちも、仮装して滑る、さすがお祭り好きなイタリア。


小学校は5年、中学校が3年、高校は5年間。

だけど、16歳になったら義務教育終了だから

高校は途中でやめてもいいのだそうだ。

もっとも最近は、高校卒業資格まで続ける人が

多くなっているという話。


お受験は基本的になくて、

私立の特殊な大学や、特殊な科目を選ばない限り、

普通の公立大学なら無試験で入学できる。

その代わり入ってからはものすごく勉強しないと

卒業するのはとても大変らしい。


そんなイタリアで娘を13年間学校に通わせて、

日本と全然違って驚いたことは、

お受験がないことでも

入学式や卒業式がないことでもない。


同じ学校なのにクラスによって、担任の先生によって

教科書が違って、遠足に行く場所なども違う

ということにも驚いたし、

政府の予算削減が激しくて、

トイレットペーパーや石鹸がトイレにないから、

各自持参する、というのには呆れたけど、

それよりも一番驚いたのは


日本だったら特別支援学校に行くことになるような

知的障害や、身体に障害のある子供たちも、

同じ学校の同じクラスで勉強させるということだ。


例えば娘のクラスには、

事故で、首から上しか動かない女の子がいた。

毎朝、娘を送って行くと、大きなバンが学校の前に止まっていて、

何人かで車椅子を下ろしているのをよく見かけた。

娘の話では、遠足や修学旅行には

その子の大学生のお兄さんが付き添いで来ることが

許されているそうだ。


それからクラスには、ADHDの子もいるそうだ。

いつも何か喋ったり、慌てたりしてるけど

「別に普通だよ」と娘はいう。

他の子達と一緒に授業が受けられるように、
担任の先生の他に、補助の先生が専任でついているのだそうだ。

トイレットペーパーの予算はケチっても、

そういうところにはお金を使うということだ。


  海を諦めたのか、公園で日焼けに勤しむ人。文章とは全く関係なしです。


この前、私が留守にしている時に

郵便配達の人が速達を持ってきたのだが、

それは実はお隣さん宛のもので、

配達員の人が間違えたんだと留守番をしていた娘が言った。

それでどうしたの? と聞くと、

「ちょっとADHDの人みたいで、

わからなくなっちゃったって焦っていたから、

一緒にお隣に持って行ってあげたの」と

さらっと言う。


我が娘ながら、偉いなあ、と思った。

全く怖がったり、偏見を持っていない。

そして私は、ちょっとだけ「え、大丈夫?」と

思ってしまった自分が恥ずかしくなった。

何が大丈夫なんだかよくわからないけど、

日本で生まれ育った私は

障害を持つ人たちを身近で見たり、接したことがないから

怖いとか、違和感を持ってしまうのではないか。


以前、人種差別について取材したことがあったけど、

その時、話を聞いた社会学の教授は

「差別とは、知らないという恐怖から生まれる」と

言っていたっけ。


コロナ禍の日本では、感染した人や感染患者に接した

医療スタッフたちを差別するようなことが

起きたというニュースをたくさん目にしたけど、

やっぱりそれも、コロナウィルスに対する

正確な情報が足りなかったせいの

「得体の知れない恐怖」から起きたのかも知れない。

子供の時から異質なものを受け入れることに

慣れているイタリアの人たちは、

目に見えないウィルスの恐怖と

うまく付き合えたのかも、なんて考えた。


だから人種差別がないとは言えないイタリアで、

ことコロナウィルスの感染者に対する

差別というのは聞かなかったように思う。

前回書いた57人の勲章受賞者の中には、

感染してしまったお年寄りの世話をするために

家に帰らず一緒に生活を続けた

老人ホームのスタッフたちもいたことを思い出した。













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